カナダ旅行記

 

カナダ旅行記

 猛暑の昨夏、取り組んでいた大型のプロジェクトの企画に追われての日々。それらが一段落する秋に、少し遅い夏休みを海外で、と仕事の合間をぬって研修旅行の計画をしました。 目的地をカナダと定め、余裕を持ったスケジュールで実り多い旅を、初秋の色づき始めた紅葉も楽しめる旅をと願っていました。 しかし、諸々の状況の変更で、仕事の進捗が大幅にずれ込み、あわや実現不可能かという状態になってしまったのです。一時は諦めかけたのですが、期を逃してはならないと、日程を大幅に短縮し、たくさんの方にお骨折りいただきながら計画したスケジュールを手に、大きな期待とそれを上回る不安一杯で、ともかく成田を飛び立ちました。

なぜカナダ?

ナイヤガラの滝やロッキー山脈、そして「真っ赤なメイプルリーフ」の国旗で私たちにもなじみのあるカナダ。日本からの観光で訪れる人もとても多い国ですが、社会の仕組みや、充実した福祉関連の制度のことなど、あまり知られていないのではないでしょうか。 民族紛争が絶えない現代社会の中で、革命も内乱もなく、英仏の後進植民地から第1級の先進国になったカナダ。生活水準は、世界第6位(国民一人当たりの国民総生産で比較―日本は第5位)ですが、生活の質につながる要因を考慮に入れた調査ではさらに上位に、国連の人間開発指標によると、世界一の水準を達成していると評価されている国です。その国で暮らす高齢者のライフスタイルと住環境、住宅政策の現状と将来の展望、暮らしを支えるシステムなど、出きるだけリサーチしたいと思っての選択でした。

カナダの概要

 面積はロシア連邦についで世界で2番目に広い国(日本の27倍)。人口は3000万人(日本の1/4)。高齢化率は現在のところ、カナダと同じように、積極的に移民を受け入れているオーストラリア・ニュージーランドに並んで比較的低いのですが、30年後には急速に高齢化が進むことが見込まれていて、その準備がなされています。首都はオンタリオ州オタワ、国は10の州と3つの準州で構成される連邦国家です。各州はほとんど独立国といってよいほど、強い政治力、行政力を持っています。教育の制度も福祉の制度も、税金も州によって異なります。カナダは立憲君主国で憲法はカナダ独自のものですが、君主は英国のエリザベス女王です。女王陛下とロイヤル・ファミリーはカナダ人の間でとても人気があり、私が訪問した施設にも、カナダを訪問されたときのチャールズ皇太子の大きな写真が飾ってあり、それを誇りに思っている様子が伺えました。

ブリティッシュ・コロンビア(BC)州

 私が訪問したのは、ブリティッシュ・コロンビア(BC)州。カナダの最西端に位置し、成田から直行便で8時間、太平洋とアジアの玄関口に当たるところです。 空港から車で40分ほどの距離にあるバーナビー市(北海道釧路市と姉妹都市、深い交流がある)を拠点として、バンクーバー市、ヴィクトリア市、デルタ市の高齢者の暮らしの場を訪問、多くのことを学ぶことが出来ました。

アクセシビリティー都市・バンクーバー

 BC州の州都はヴィクトリアですが、太平洋の入り江に開けた美しい森の都、バンクーバーは、西の玄関口でもあり、200万人以上が住んでいるカナダで3番目の大都市です。 バリアフリー先進国として知られているカナダ。1976年に制定された「カナダ人権法」は、障害を差別の根拠にしてはならないと連邦政府レベルで、交通のアクセシブル化(障害者や高齢者の障害を取り除くシステムをバリアフリーとは呼ばず、アクセシビリティーといいます)を推進しています。その中でも最も進んでいるのがバンクーバーです。都市圏の公共交通機関は、トランスリンクルという会社が運営していて、すべての駅にエレベーターが設置され、すべての路線でリフトつきバス、低床バスが導入されています。(2007年までには現在アクセシブル化されていない車両もすべて入れ替えることになっているという)。空港でも、車椅子で乗降が可能なアクセシブル・タクシーが目に付きます。さらに、路線バスのほかに、ハンディ・ダートというリフト付のミニ・バンを使った障害者のためのバス・システムがあり、利用者のオーダーによって自宅から目的地までドア・ツゥー・ドアで運行されています。 交通システムだけでなく、町全体のアクセシビリティーを目指し、年齢、性別、身体能力の枠を超えて、すべての人が社会に積極的に参加することを提唱している街です。

BC州のグループハウス

今、日本でこれからの高齢者介護の切り札 として整備が進んでいるグループホームとは、(もう誰もが知っているように)施設でも自宅でもなく、認知症のお年寄りが、穏やかに誇りを持って暮らせる「もうひとつのわが家」です。2000年4月からスタートした公的介護保険の居宅サービスの一つで、現在も驚異的に増え続け、平成16年度中には8000箇所にもなろうとしています。 グループホームとは、こんなところです。

  • 介護を要する小人数(5~9人)の認知症の高齢者がともに暮らします。
  • 家庭的な住まいが基本です。ストレスに弱い認知症の人の心と身体を支える配慮が行き届いています。
  • 認知症のケアをよく知っているかおなじみの職員が、生活をともにしながら見守り、支えます。
  • 入居者を中心に、職員はもちろん、家族や地域のさまざまな人々が、暮らしを支えます。
  • 街に出て、地域の人や自然と触れ合いながら、普通に暮らします。

   (全国GH協「グループホームはこんなところ」より)

これら要件のうち、[認知症の高齢者・人]を[少しの支援が必要な元気な高齢者・人]と読み替えてみると、そのまま[グループハウスに求められる要件]になります。つまり、住み慣れた地域で、自身の居住空間が確保され、それぞれの暮らし方が尊重されるグループホームは、認知症高齢者に限らず,少しの支え(要支援)、少しの見守り(要介護)があれば、元気に暮らせる高齢者の「住まい」としても最適だということです。日本には、そのようなハウスがほとんどありません。 カナダでは、そのようなハウスを運営する非営利の活動が進められていて、(アビフィールド・カナダ協会) 実際に27のホームが運営され、10のホームが建設中、または計画が進められています。今回、短い滞在の間に、BC州の7ヶ所、10ホームを訪問しました。そして幸運にも、そのうちの一つのハウスのゲスト・ルームに4日間宿泊させていただき、多くの時間を入居者の方たちと共に過ごしました。 どのハウスも、そのリーフレットの冒頭に、活動の理念を掲げ、入居の案内だけでなく、それぞれの活動の歴史を記し、ボランティアとしての参加、寄付や基金等への呼びかけをしています。入居者の方も、それを支える人たちも一体になって、誇りを持って活動を続けている姿勢にも、学ぶことが多い訪問でした。

ハウスの概要
  • 一つのハウスに10人前後の人が、それぞれの居室(バスルーム付き―トイレ+シャワー)で、自立して暮らしています。
  • ハウス・マネジャー(ハウス・コーディネーター)が、ともに暮らします。
  • 運営は地域のNPOの協会です。
  • 掃除、選択など基本的には自分でします。状況によっては、ボランティアの支援を受けたり、サービスを依頼します。
  • 心地よいコモン・スペース(食堂やプレイルーム、図書コーナー等)が設けられていて、昼と夕の食事をともにします。
  • 朝の食事はそれぞれの生活のリズムで、食堂で自分で用意します。
  • 常時、介護が必要になったり、医療が必要になったときには、転居を余儀なくされます。
訪問したハウスの概要

「セント・マーガレット・ハウス」(St.Margaret of Scotland)

バーナビー市(Burnaby.B.C)、美しい緑に囲まれた広い敷地の中にある木造3階建てのハウス。 1、2階に10人ずつの人がハウスコーディネータと暮らすハウスが2棟、それぞれ独立しています。 1996年(もう一方は1999年)開設当初からの入居者のうちお二人は昨年(2003年)元気に100歳の誕生日を迎えられたとのこと。3階は、ゲストルームとハウスコーディネーターの部屋。このゲストルームに宿泊。朝夕の食事を入居者の方たちと一緒にいただきました。

「アニヴィル・ハウス」(AbbeyfieldHouse Anniville)

バンクーバーから25キロ、デルタ市(Delta.B.C)にある木造2階建てのハウス。1階と2階に分かれて、12人の人が暮らしています。 建物の周辺には、いろいろな工夫がされた、回遊式の庭があり、四季の花や野菜がボランティアの人たちと一緒につくられ、その新鮮な収穫物が毎日の食卓を賑あわせ、楽しませています。今、直面している問題は、入居者の高齢化。重度のケアを要する方のために、家族に頼らざるを得ない状況であるという。どのハウスにとっても、私たちにとっても、これからの大きな課題でしょう。

「セント・デイビット・ハウス」(St. David’s Abbeyfield Houses)

 デルタ市(Delta.B.C)にある木造2階建てのハウス。教会の土地の一部を長期(75年)に借りて、1990年に南棟、続いて1993年に北棟が完成。2階はゲストルームとハウスコーディネーターの部屋、それぞれの1階に9人の人が暮らしています。 計画の段階から、地域での受け入れ、支援者を増やすこと、入居者の募集のために、メディアを活用することを企画。デルタ・ケーブルテレビ局の協力を得て、ビデオ作成、放映が実現、広く地域の活動として定着している様子がうかがえます。

「アビフィールドハウス・バンクーバー」(Abbeyfield House Vancouver)

 1993年に、バンクーバー市から譲渡された由緒ある建物が、元のように美しく修復されて、8人の人が暮らすアビフィールドハウスとして生まれ変わりました。カナダ文化遺産局に「Heritage Building」として登録されている、1912年に建てられ、ずっと町のランドマークとしての役目を果たしてきた建物です。地続きに、この雰囲気を壊さないようにして、9人用の第2ハウス(Coach House)が建てられました。今、直面している課題は、建物のメンテナンスだそうです。

「セント・ピーターズ・ハウス」(Abbeyfield House St. Peter’s)

 教会が所有する広大な土地の利用計画の中で、近くのハウス(Abbeyfield House St.Andrew’s)の例に倣いながら、教会とは別組織の非営利事業法人として、建設推進委員会が組織され、1998年に建てられた。木造平屋建て、一部2階にゲストルームとハウスコーディネーターの部屋があるハウス。12人の入居者が暮らしています。建設資金に関しては、州住宅局の特別低金利の融資の制度があり、入居者への助成金もその収入に応じてあるそうです(残念ながら制度が変わり、これからの計画にはなし)。

「セント・アンドリュース・ハウス」(Abbeyfield House St. Andrew’s)

 1987年、カナダで初めてできたハウス。9人が暮らしています。 シドニー(Sidney.B.C)の緑に囲まれた静かな住宅地の中にあり、街の中に溶け込んでいます。近く(お年よりが歩いていける範囲)には、地域のコミュニティーや図書館、デイサービスセンターなどがあり、入居者の方たちは、それぞれに活動に参加されているとのこと。居住者の誰もが、できるだけ長く健康に幸せに暮らせるようにと、こまやかな心遣いがされています。

「アビィフィールド・ヘリティジ・ハウス」(Abbeyfield Heritage house)

 カナダ文化遺産局に登録されている古い建物「Heritage Building」 古い町並の、昔のままのたたずまいの建物の中で、10人の入居者が暮らしています。 新しい建物とは違って、10の個室は、面積も部屋の状況も違いますが、それぞれが個性的に整えながらの、快適な暮らしぶりがうかがえます。 建物の維持管理が、一般のハウス運営のマニュアル通りにはいかず、費用が嵩んでしまうことがこれからの課題です。

グループリビング(アビフィールド・ハウス)の暮らし ハウスの朝  空がうっすらと明るくなりかけると、もう窓辺に小鳥たちが朝ごはんをねだりに集まり、庭の茂みの中からはリスが顔をだし忙しく木の実を集めはじめます。ハウス一番の早起きは、100歳のフローレンスさん。前夜ハウスコーディネーターのウエンディーさんが用意した朝食の準備に取り掛かります。コーヒーメーカーをセットし、冷蔵庫からバターやジャムを取り出し、パンをトーストし・・・・そのうちに、みんなが食卓に揃い、思い思いの朝食がはじまります。朝食はあらかじめ用意されている中から、各自が好みのものを自分流にいただくのがハウスの決まりです。 「さあ、今日はお洗濯日だ、」「部屋の掃除をしなければ、」「朝の散歩に、」とそれぞれが席を立つ頃、大きな掃除機(業務用?)を抱えた若者が現れ、手際よく掃除が行われます。コモンスペースを、いつも隅々まで清潔に、綺麗に磨き上げる仕事はプロに委託して、コーディネーターが勤務に就く頃には完了しています。 各居室の掃除、洗濯などは各自で。援助が必要な人は、家族やボランティア(あるいは公的なサービスがあるのか?)が支えます。 ハウスの昼食

ハウスの昼食は、一日のうちで一番大切に考えられています。たくさんの新鮮な食材が用意され、ハウスコーディネーターが腕をふるいます。大きなテーブルを囲んで大家族のように談笑しながらの食事、仲のよい数人ずつで、ゆっくり静かに食事を楽しむハウスと、その形態はさまざまです。 建物の形状、入居者の方たちの考え方、ハウス運営の方針等々によって決められているようです。

ハウスの午後  折々に開催されるコンサートやリサイタル、コーラス・コンサートの案内がサロンの壁に美しく掲示されています。それぞれが自分のスケジュール表に記録して、その日が来るのを楽しみに待っています。近隣のコミュニティーセンタ-のアクティビティーに参加することも、ボランティアのドライバーの助けを借りて、連れ立ってピクニックやショッピングに出かけることも可能です。 ハウスには、リビングルームやダイニングルーム等、活動的な時間を過ごす部屋の他に、たくさんの書物が並ぶ書棚を備えた静かな部屋(ライブラリー、サロン)があります。この書棚の本は、公立図書館のホームサービス・システムが活用されていて、各種の雑誌は勿論、新刊本やベストセラーの本も、リクエストに応じて毎月届けられます。通常の雑誌や書籍だけではなく、大きな文字の本やオーディオ・ブックもあります。また、視力に障害がある人が読書を楽しむためのツールを借りることもできます。 ハウスの夕食  ハウスの夕食は夕暮れ時にはまだ間がある5時頃からはじまります。一日の無事を喜びあい、その日の出来事を語り合いながら、・・・・ハウスコーディネーターの手作りのデザートをゆっくりと楽しんで、約2時間、食事が終わるのは7時ごろです。 リビングルームにはTVやVCR、ピアノが備えられています。ハウスのアルバムには、長い夜の時間を談笑しながら共にすごしたり、カードやゲームに興じたりする様子が残されています。しかし、この頃ではどのハウスでも、自室で静かに過ごされる方が多いとか・・・・ 時に、ハウスコーディネーターがキッチンで忙しく跡かたづけしている傍らで、身体の不調や心配事を訴えて眠りにつけない人があるそうですが、ハウスの夜はとても静かです。 ハウスの居室   ハウスの住人にとって大切なのは、みんなと一緒に家族のようにすごす時間と同じように、一人で過ごす時間でしょう。そのためには、それぞれの居室の状況が大きく影響します。世界で2番目に広い国土を持つカナダのこと、窮屈な日本でハウス実現を目指す私たちには望むべくもないことですが、2階建てのハウスもありますが、(勿論、どんな状況の人にもアクセッシブルであるようにエレベーターが設置されている)その多くは平屋建て(一部2階部分はハウスコーディネーターの住居)、各居室はシャワー設備(バスタブはなし)を持った十分な広さの洗面所とトイレが設けられ、プライベート・パティオに面しています。洗濯機、乾燥機を備えたユティリティーの近くには、共用の浴室が設備されています。多少の見守りと介助が必要になった場合には、家族やボランティア、あるいは地域のホーム・ケアサービスをうまくアレンジして、可能な限り自立しての暮らしを続けられるように、サポート体制も、建物のユニヴァーサル・デザインも十分に考慮されています。 しかし、病気のためにあるいは経年変化で、心身機能が予想以上に低下して、ハウスでの共同生活が不可能な入居者が増えていることも現実です。ゆっくりと時間をかけて、一人ひとりの状況にあわせて「住まい」を移していく社会の態勢を整えることが、私たちに課せられる今後の大きな課題でしょう。 Heritage Houseのように既存の建物を修復、改修してアビフィールドハウスにしている事例にも、学ぶべきところが大です。入居者も協会のメンバーも、その歴史を大切にし、誇りを持って暮らし、それを支えています。周辺の人々も共に、自分の住む町のランドマークとして大切に思い、協会の活動に積極的に関わっている様子がよくわかります。 高齢者住宅

カナダ大使館のお力添えにより、カナダの住宅政策、CMHCのシステムとその役割についてレクチャーを受けることが出来、日本の福祉施設整備との違い等、考えることの多い貴重な体験でした。 さらに、二つの大規模な高齢者住宅(施設とは言いません)を案内していただきました。共に、木造3階建て(一部4階)の美しい建物です。 各居室はそれぞれに大小はあるものの、完全に一戸の「住宅」としての設備を整えていて、日本の「特別養護老人ホーム」等、施設とはかけ離れたものでした。むしろ、有料老人ホームに近いといったらよいでしょうか。大きな違いは、入居一時金のような制度はなく、かなり高額の入居費用も、低所得者へは、それぞれの収入によってきめ細かく対応できる補助の制度があります。その人の経済状況によって選択の自由が奪われることは決してないそうです。

Shannon Oaks  A Seniors Living Community つまり、少しの支えがあれば、自立して暮らすことが出来る人たちのための住宅です。80歳から100歳まで(平均年齢86歳)の115人(定員130人)の人が暮らしています。住居費、食事、生活支援(介護はなし)等、すべてを含んでの利用者負担は、月額平均、2450弗(約20万円)です。
Augustine House

介護を要する人(20人)、認知症の人(12人)のための居室も併設の、50歳から100歳までの150人が暮らす複合的な住宅です。シアター、ライブラリー、エクササイズ・ルームなどが整備され、地域のコミュニティーセンターのような賑わいを見せていました。入居の費用は、必要な介護の程度、収入の状況によってそれぞれ違いますが、州政府の手厚い補助の制度があるようです。

Nikkei  Home(ケアつき住宅)